一昨年の初演から数度にわたり通ってきた朗読劇「銀河鉄道の夜」。
とうとう関西で立ち会える日がやってきました。
京都公演は、叡山電車を貸切りでという異例の試みです。
往路では、暮れなずむ車窓の景色を目に入れながら聞く小島ケイタニーラブさんの
澄み切った歌声。
鞍馬駅の待合室で、天狗に見守られながら聞く朗読劇。
復路では、揺れる裸電球によりまったく別の空間となった車両のなかでの渾身の朗読。
ふだん通勤電車として使っているだけに、なんとも不思議で、興奮を誘う体験でした。
そして大阪・心斎橋の劇場でおこなわれた完全版。
あらたに加わった東北・被災地の映像、それとオーバーラップする一見関係のない
詩の朗読はことばで言い表せません。
「らっこの上着」という新しいキャラクターもユーモラスでよかった。
(なんで「上着」がキャラクターなのか)
これで五回観たことになり呆れられてもいるのですが、見るたびぐっと来てしまうし、
この劇は生成しつづけている!という実感があります。
またどこかで立ち会ったとしても、真新しい気持ちで心打たれることを確信しています。
ところでこの朗読劇、土曜日の朝日新聞でも記事になっていましたが、テレビカメラも
入っていたんですね。
大学で「KBSのニュースで映ってましたよ!」と言われてしまいました。
2013年5月30日木曜日
2013年5月21日火曜日
ジクジクたる思い
言葉の覚え間違い、読み間違いというのは、私はこれまで誇れるほどありますが、
職業柄このごろは、自分でちょっと怪しいと感じると先回りして調べ、恥をかくリスクを
回避することが多くなりました。
なんか、潔くない、かわいくない態度ですね。
覚え間違い、大いに楽しいではありませんか。
少し前、読んだレポートにあったのが「ジクジクたる思い」。
これいい!
感じが出ている。
今の私の気持ちにぴったり!
と、膝を打ちました。
関西は、もともとの文字の読みが口語として崩れて、それがまた文字の読みとして
再定着する例が地名などに多いのが面白いと思います。
うちのすぐ隣りの「釜座通り」が「かまんざ」通りなのは、かっこいい。
「松屋町」が「まっちゃまち」とか。
ちょっとクレオール語が文字に表記される感じと似ている?
職業柄このごろは、自分でちょっと怪しいと感じると先回りして調べ、恥をかくリスクを
回避することが多くなりました。
なんか、潔くない、かわいくない態度ですね。
覚え間違い、大いに楽しいではありませんか。
少し前、読んだレポートにあったのが「ジクジクたる思い」。
これいい!
感じが出ている。
今の私の気持ちにぴったり!
と、膝を打ちました。
関西は、もともとの文字の読みが口語として崩れて、それがまた文字の読みとして
再定着する例が地名などに多いのが面白いと思います。
うちのすぐ隣りの「釜座通り」が「かまんざ」通りなのは、かっこいい。
「松屋町」が「まっちゃまち」とか。
ちょっとクレオール語が文字に表記される感じと似ている?
2013年5月13日月曜日
お知らせ:『双頭の船』書評
遅くなりましたが、お知らせです。
現在発売中の『すばる』6月号に、池澤夏樹著『双頭の船』の書評、「彼岸と此岸の渡し船」を
書いています。
3.11以後、文学者なら誰もが畏れ慄いて立ち止まり、どう世界を捉え直し、未来を思い描くかを
あらためて深く考えたはずです。
そうした本気の熟慮が創作に生かされたひとつの例がこの小説だと思っています。
よかったらご一読ください。
現在発売中の『すばる』6月号に、池澤夏樹著『双頭の船』の書評、「彼岸と此岸の渡し船」を
書いています。
3.11以後、文学者なら誰もが畏れ慄いて立ち止まり、どう世界を捉え直し、未来を思い描くかを
あらためて深く考えたはずです。
そうした本気の熟慮が創作に生かされたひとつの例がこの小説だと思っています。
よかったらご一読ください。
2013年5月3日金曜日
フォークナーと銃規制
今日、アメリカで5歳の兄が2歳の妹をライフルで誤射し、死なせてしまったという
ニュースがありました。
「初めてのライフル」などと宣伝され、子供に買い与えられている現実があるとのことで、
聞かされれば、日本人の感覚としては「非常識」「ありえない」と当然思うわけです。
それでも、昨日フォークナーの「熊」を読み終わった延長で考えると、
これだけ銃規制を言われてもアメリカの銃社会が変わらないのは、基本のところにこの
「熊」の世界があるからだと妙に腑に落ちてしまうのです。
「熊」の主人公の「少年」も、10歳から銃を持たされ、大人たちにまじって森へ入る。
最初は何もできないんだけれど、森のことをだんだん知り、動物の行動を知り、
獣をしとめられるようになってゆく。
それが大人になるということなんですね。
もちろん、今の子供が生活のために狩猟をするわけではありませんが、
起点にはフォークナーの世界があると思うと、善悪は別にして、少なくとも
たんなる流行りとしての「ありえない」風潮ではないんだという気がしています。
それがアメリカなんだなと思います。
ニュースがありました。
「初めてのライフル」などと宣伝され、子供に買い与えられている現実があるとのことで、
聞かされれば、日本人の感覚としては「非常識」「ありえない」と当然思うわけです。
それでも、昨日フォークナーの「熊」を読み終わった延長で考えると、
これだけ銃規制を言われてもアメリカの銃社会が変わらないのは、基本のところにこの
「熊」の世界があるからだと妙に腑に落ちてしまうのです。
「熊」の主人公の「少年」も、10歳から銃を持たされ、大人たちにまじって森へ入る。
最初は何もできないんだけれど、森のことをだんだん知り、動物の行動を知り、
獣をしとめられるようになってゆく。
それが大人になるということなんですね。
もちろん、今の子供が生活のために狩猟をするわけではありませんが、
起点にはフォークナーの世界があると思うと、善悪は別にして、少なくとも
たんなる流行りとしての「ありえない」風潮ではないんだという気がしています。
それがアメリカなんだなと思います。
2013年5月2日木曜日
『白鯨』と「熊」
つねに何冊かの本を同時並行で読んでいるのですが、
昨日は長らく熟読していたメルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』(1851)を、
今日はフォークナーの「熊」(1942)を、立て続けに読み終えました。
ふたつの小説は書かれ方も規模もまったく違うとはいえ、どちらも、
「この作家はなぜこれを書こうとするのか、書いてしまうのか」という謎(というか
疑念というか)を読み手に抱かせ、その謎にこちらも惹きこまれてしまうという
ところは似ているような気がします。
書かれ方が違うといっても、それぞれ、巨大な鯨をしとめることへの執着、
巨大な熊を狩ることへの熱を描いているのだから、ともにハンターの小説であり
日本にはあまりない、アメリカらしい小説ということもできます。
『白鯨』は置いておいて「熊」についていえば、この中編における獣(熊、
犬、鹿)の描写は圧倒的な迫力があります。
力強いとか、猛々しいとかいうことでなく、その寡黙さや無関心を含め、
ただずまいや動きの書かれ方に凄みがある。
そして、決して獣対人間とか、ましてや擬人化された獣とかいう描き方は
ありえず、自然(森)の一部としての獣なのであり、人もまた同等に
そうなのです。
時に人は、獣の動きを模倣しているかのように描かれます。
これは秋にやる授業で、獣をテーマにした小説のひとつとして読むつもり
なのですが、あらためていいのを選んだなあと自分のラインナップに
惚れ惚れ。
これを古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』などと一緒に
やるんですよ。
がんばろう。
昨日は長らく熟読していたメルヴィルの『白鯨(モービィ・ディック)』(1851)を、
今日はフォークナーの「熊」(1942)を、立て続けに読み終えました。
ふたつの小説は書かれ方も規模もまったく違うとはいえ、どちらも、
「この作家はなぜこれを書こうとするのか、書いてしまうのか」という謎(というか
疑念というか)を読み手に抱かせ、その謎にこちらも惹きこまれてしまうという
ところは似ているような気がします。
書かれ方が違うといっても、それぞれ、巨大な鯨をしとめることへの執着、
巨大な熊を狩ることへの熱を描いているのだから、ともにハンターの小説であり
日本にはあまりない、アメリカらしい小説ということもできます。
『白鯨』は置いておいて「熊」についていえば、この中編における獣(熊、
犬、鹿)の描写は圧倒的な迫力があります。
力強いとか、猛々しいとかいうことでなく、その寡黙さや無関心を含め、
ただずまいや動きの書かれ方に凄みがある。
そして、決して獣対人間とか、ましてや擬人化された獣とかいう描き方は
ありえず、自然(森)の一部としての獣なのであり、人もまた同等に
そうなのです。
時に人は、獣の動きを模倣しているかのように描かれます。
これは秋にやる授業で、獣をテーマにした小説のひとつとして読むつもり
なのですが、あらためていいのを選んだなあと自分のラインナップに
惚れ惚れ。
これを古川日出男『馬たちよ、それでも光は無垢で』などと一緒に
やるんですよ。
がんばろう。
2013年4月23日火曜日
朝堀りたけのこ
橋を渡って出町柳の上京区側に入るとすぐのところに古い商店街があります。
ふだんは白味噌屋さんぐらいにしか行かないのですが、今日は八百屋さんへ。
先週ぐらいから、京都産の朝掘りたけのこが出るようになりました。
そして見るなり一目ぼれするような、きれいなクリーム色のたけのこに出会い、
即買い。
洛西・塚原産の中くらいの大きさで、1300円。
たぶん安い。
おばさんに「糠なんか入れたらあかん」と茹で方を指導されました。
新鮮で灰汁なんかないから、水だけで茹でないともったいないんだそうです。
曲がったたけのこのほうが甘みがあるとも(根拠はよくわからん)。
ご指導にしたがって水から30分ほど(ふつうよりだいぶ短い)茹で、
刺身にして、わさび醤油で食べました。
甘くて、おいしい。
幸せ。
明日は新もののわかめといっしょに若竹煮にします。
このまえは八幡市美濃山の朝掘りたけのこで、刺身・若竹煮・たけのこご飯
とフルコースを楽しみました。
この春は胃が痛くなるほどのたけのこ三昧です。
八百屋のついでに商店街の小さい本屋で「マーガレット」創刊50周年号を買い、
たけのこ弁当を買い、研究室の前に植える花の苗と土を買い、
よろけるほどの大荷物で出講しました。
ふだんは白味噌屋さんぐらいにしか行かないのですが、今日は八百屋さんへ。
先週ぐらいから、京都産の朝掘りたけのこが出るようになりました。
そして見るなり一目ぼれするような、きれいなクリーム色のたけのこに出会い、
即買い。
洛西・塚原産の中くらいの大きさで、1300円。
たぶん安い。
おばさんに「糠なんか入れたらあかん」と茹で方を指導されました。
新鮮で灰汁なんかないから、水だけで茹でないともったいないんだそうです。
曲がったたけのこのほうが甘みがあるとも(根拠はよくわからん)。
ご指導にしたがって水から30分ほど(ふつうよりだいぶ短い)茹で、
刺身にして、わさび醤油で食べました。
甘くて、おいしい。
幸せ。
明日は新もののわかめといっしょに若竹煮にします。
このまえは八幡市美濃山の朝掘りたけのこで、刺身・若竹煮・たけのこご飯
とフルコースを楽しみました。
この春は胃が痛くなるほどのたけのこ三昧です。
八百屋のついでに商店街の小さい本屋で「マーガレット」創刊50周年号を買い、
たけのこ弁当を買い、研究室の前に植える花の苗と土を買い、
よろけるほどの大荷物で出講しました。
2013年4月18日木曜日
タランティーノ『ジャンゴ 繋がれざる者』
見たのではなく、見そびれました。
史上初めて南部の奴隷制度を真っ向から扱ったアメリカ西部劇として、ぜったい見ようと
思っていたのに、うっかりしていて気づけば関西圏では公開終了していました。
唯一、枚方の劇場で明日までやっていますが、上映時間が遅いうえに駅からすごく遠い。
運よく名画座でかかるか、DVDを待つしかありません。
人のせいにするわけではないけど、なぜ身近で誰も話題にしていなかったのかなあ。
解放奴隷ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)とドイツ系の男(クリストフ・ヴァルツ)が、
残酷なフランスかぶれの奴隷商人ムッシュ・キャンディー(レオナルド・ディカプリオ)に
挑んで、ジャンゴの妻である奴隷女性を奪還するという話。
ディカプリオは酷薄な奴隷主をうまく演じそう。
タランティーノはこの作品をエンターテインメントとして仕立てているそうですが、
ハリウッドがこれまで奴隷制度を、存在しないとは言わないまでも、やはり隠蔽して
いるとしか言えないような描き方をしてきたことを思えば、「どんな映画だろう」と
見てみたい気持ちになります。
スパイク・リーは、この映画を「自分の先祖への侮辱だから見ない」と公言している
ようですが(見ていないのに侮辱だとわかるのでしょうか)。
きちんと情報チェックしていなかったくせに、見逃したと思うとなんとしても見たくなります。
『ジャンゴ 繋がれざる者』、まだ見られる地域の方はぜひ。
そういえばタランティーノの名前ってクエンティンなんですね。
クエンティンが撮る南部を舞台にした黒人奴隷と白人の葛藤の映画。
うーん、イミシン。
史上初めて南部の奴隷制度を真っ向から扱ったアメリカ西部劇として、ぜったい見ようと
思っていたのに、うっかりしていて気づけば関西圏では公開終了していました。
唯一、枚方の劇場で明日までやっていますが、上映時間が遅いうえに駅からすごく遠い。
運よく名画座でかかるか、DVDを待つしかありません。
人のせいにするわけではないけど、なぜ身近で誰も話題にしていなかったのかなあ。
解放奴隷ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)とドイツ系の男(クリストフ・ヴァルツ)が、
残酷なフランスかぶれの奴隷商人ムッシュ・キャンディー(レオナルド・ディカプリオ)に
挑んで、ジャンゴの妻である奴隷女性を奪還するという話。
ディカプリオは酷薄な奴隷主をうまく演じそう。
タランティーノはこの作品をエンターテインメントとして仕立てているそうですが、
ハリウッドがこれまで奴隷制度を、存在しないとは言わないまでも、やはり隠蔽して
いるとしか言えないような描き方をしてきたことを思えば、「どんな映画だろう」と
見てみたい気持ちになります。
スパイク・リーは、この映画を「自分の先祖への侮辱だから見ない」と公言している
ようですが(見ていないのに侮辱だとわかるのでしょうか)。
きちんと情報チェックしていなかったくせに、見逃したと思うとなんとしても見たくなります。
『ジャンゴ 繋がれざる者』、まだ見られる地域の方はぜひ。
そういえばタランティーノの名前ってクエンティンなんですね。
クエンティンが撮る南部を舞台にした黒人奴隷と白人の葛藤の映画。
うーん、イミシン。
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