今週末も、私にとっての新しい授業です。
自己紹介がテーマなので、谷川俊太郎の詩「自己紹介」を扱おうと前から思っていました。
2007年に刊行された『私』という詩集に入っています。
授業の前に、詩集全体にもういちど目を通そうとしたら、ギャー、東京にキープしてあると思いこんでいて、京都の研究室に忘れて出てきてしまった!
日替わりでいくつもの拠点を渡り歩くような生活なので、持ち物のチェックが大変です。
たいてい何か忘れます。
何を忘れてもいいけど、一番忘れてはいけないものが教材!
近隣の大学図書館、区立図書館にもないようなので、ある本に引用してある断片を使うしかありません。
面白い詩なんです。
少しだけ引用。
私は背の低い禿頭の老人です/もう半世紀以上のあいだ/名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など/言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから/どちらかと言うと無言を好みます/……
自己紹介を書くってむずかしいことです。
これはまったく侮れないですよ。
2012年6月28日木曜日
2012年6月23日土曜日
ひとり夏至祭り
公私とも混乱のきわみにあるうち、重要な日付である夏至=小誕生日を迎えたのに気づかぬまま通り過ぎてしまいました。
夏至をピークとする今のこの季節、この数週間の喜ばしさは、個人の小さな生活がどんな状況であれ、かけがえのないものだと思っています。
ところで、個人の誕生日と命日はどんな関係にあるのでしょうか。
どう考えても、全然関係ないですね。
かぎりなくゼロに近い日に生まれたので、豊饒な時期に死ねたらうれしい、自分もそうなるかもと思ったりもしますが、まあどうでもいいことかもしれません。
ばたばた東西(一都二県二府)を行き来しているうち、yoyo館の前に植えたサラダ菜が収穫期を迎えていたというのに、今週の強烈な暴風雨ですべて駄目になっているのに気づきました。
わずかながら最初の頃に食べたものは、やわらかくて苦味ばしった濃い野菜の味がして美味しく、これを時々引き抜いて外水道で洗って食べれば、野菜不足がおぎなえると思っていたので残念です。
たくましさに期待していたミントもさすがによれよれです。
朝顔だけは、まだ丈が短くて助かり、元気です。
デスク前の緑がどんどん濃くなってうれしいので、もっときれいに見えるように窓ガラスをぴかぴかにしました。
トイレの上の雨樋に松葉が溜まりすぎ、雨が降ると、トイレのドアの前がナイアガラの滝のようになって入れないので、これも熊手で掃除しました。
人と会う仕事を済ませた後、居心地がよくなったyoyo館で長い夏至の夕方を楽しんでいます。
夏至をピークとする今のこの季節、この数週間の喜ばしさは、個人の小さな生活がどんな状況であれ、かけがえのないものだと思っています。
ところで、個人の誕生日と命日はどんな関係にあるのでしょうか。
どう考えても、全然関係ないですね。
かぎりなくゼロに近い日に生まれたので、豊饒な時期に死ねたらうれしい、自分もそうなるかもと思ったりもしますが、まあどうでもいいことかもしれません。
ばたばた東西(一都二県二府)を行き来しているうち、yoyo館の前に植えたサラダ菜が収穫期を迎えていたというのに、今週の強烈な暴風雨ですべて駄目になっているのに気づきました。
わずかながら最初の頃に食べたものは、やわらかくて苦味ばしった濃い野菜の味がして美味しく、これを時々引き抜いて外水道で洗って食べれば、野菜不足がおぎなえると思っていたので残念です。
たくましさに期待していたミントもさすがによれよれです。
朝顔だけは、まだ丈が短くて助かり、元気です。
デスク前の緑がどんどん濃くなってうれしいので、もっときれいに見えるように窓ガラスをぴかぴかにしました。
トイレの上の雨樋に松葉が溜まりすぎ、雨が降ると、トイレのドアの前がナイアガラの滝のようになって入れないので、これも熊手で掃除しました。
人と会う仕事を済ませた後、居心地がよくなったyoyo館で長い夏至の夕方を楽しんでいます。
2012年6月22日金曜日
週末の授業
今週末は、今年度私が新しく担当する文学の授業のうち、ひとつ目をおこないます。
とりあえずいくつかの材料を集めてみました。
宮崎駿のアニメ作品『ハウルの動く城』、室町時代物語大成より「うばかは」(姥皮)、
堀江敏幸の『いつか王子駅で』、大江健三郎の「人間の羊」、ミラン・クンデラの『カーテン』など。
これをどう構成するかはここでは書きませんが、
「創作を目ざす人たちへ」と題して、創作する立場でどのように文学作品を読むかということを、段階を踏みながら一緒に考えようと思います。
それにしても「うばかは」、愛知や山形、新潟など日本各地に伝わってきた話のようですが、発想がめちゃくちゃ面白いです。
「皮」を着るとなぜ若い娘が老婆の姿になれるのか、さっぱりわけがわかりません。
古文など大の苦手だったのに、気合いで読めば読めてしまうこともわかりました。
これが年の功ということなのかもしれません。
とりあえずいくつかの材料を集めてみました。
宮崎駿のアニメ作品『ハウルの動く城』、室町時代物語大成より「うばかは」(姥皮)、
堀江敏幸の『いつか王子駅で』、大江健三郎の「人間の羊」、ミラン・クンデラの『カーテン』など。
これをどう構成するかはここでは書きませんが、
「創作を目ざす人たちへ」と題して、創作する立場でどのように文学作品を読むかということを、段階を踏みながら一緒に考えようと思います。
それにしても「うばかは」、愛知や山形、新潟など日本各地に伝わってきた話のようですが、発想がめちゃくちゃ面白いです。
「皮」を着るとなぜ若い娘が老婆の姿になれるのか、さっぱりわけがわかりません。
古文など大の苦手だったのに、気合いで読めば読めてしまうこともわかりました。
これが年の功ということなのかもしれません。
2012年5月23日水曜日
『エクスクレイヴ』5号!
スペイン文学研究から作曲まで広範なジャンルに才能を持つ富田弘樹さんが主宰のリトルマガジン、『エクスクレイヴ』5号が完成しました。
私は短編小説「月村異聞」を寄稿しています。
素材として大きな関心事のひとつがあったのですが、うまく盛り込めたかどうか……
いろんな読み方がされればいいと思います。
他の執筆陣も毎度のことすばらしいです。
もし興味をお持ちの方は言ってください。
私は短編小説「月村異聞」を寄稿しています。
素材として大きな関心事のひとつがあったのですが、うまく盛り込めたかどうか……
いろんな読み方がされればいいと思います。
他の執筆陣も毎度のことすばらしいです。
もし興味をお持ちの方は言ってください。
2012年5月21日月曜日
金環日蝕@鴨川べり
万難排して早起きした今日この日の朝、京都は運よく晴れ間が広がりました。
東側にベランダのある家からでもよかったのですが、20分ほど歩いて鴨川べりへ。
すでに集まっていた家族連れやカップルにならい、私も土手に座って、欠け続ける太陽を観察しました。
そのスピードたるや、けっこう速いですね。
7時29分、金の輪がくっきりと見えた時には、周りの子供たち同様、はしゃいだ気持ちになりました。
その後また、バス停でおばちゃん二人に観察用メガネを貸してあげて、一緒に盛り上がって。
観察用メガネが付録についている科学雑誌を買うのに出遅れ、一昨日あわてて本屋まわりをしたのですが、なんと4軒の店ですでに売り切れ。
5軒目の本屋に唯一残っていたのは、東京書籍の『宇宙図鑑』2500円也でした。
もう後に退くわけにはいかないので、甥っ子にあげるからいいやと自分を納得させて買いました。
日蝕観察の足で大学へ行ったので、ずいぶん早い出勤となりました。
朝のYoYo館は気持ちがいい!
森林の清冽な香りを吸い込むたび、もっと早くに出勤してここに来ればよかったと思いますが、今日はそれを実践して得した気分です。
午前中、YoYo館のまわりの地面を少しばかり耕しました。
石ころも多いけど、ミミズがすごく多い。
いったいシャベルで何匹ぶったぎってしまったことか。
ミミズがこれだけいるってことは、いい土だっていうことです。
シャベルは家の付近でどうしても見つからないとぼやいていたら、事務のKさんがわざわざ私のために買ってきてくれたものです。
東側にベランダのある家からでもよかったのですが、20分ほど歩いて鴨川べりへ。
すでに集まっていた家族連れやカップルにならい、私も土手に座って、欠け続ける太陽を観察しました。
そのスピードたるや、けっこう速いですね。
7時29分、金の輪がくっきりと見えた時には、周りの子供たち同様、はしゃいだ気持ちになりました。
その後また、バス停でおばちゃん二人に観察用メガネを貸してあげて、一緒に盛り上がって。
観察用メガネが付録についている科学雑誌を買うのに出遅れ、一昨日あわてて本屋まわりをしたのですが、なんと4軒の店ですでに売り切れ。
5軒目の本屋に唯一残っていたのは、東京書籍の『宇宙図鑑』2500円也でした。
もう後に退くわけにはいかないので、甥っ子にあげるからいいやと自分を納得させて買いました。
日蝕観察の足で大学へ行ったので、ずいぶん早い出勤となりました。
朝のYoYo館は気持ちがいい!
森林の清冽な香りを吸い込むたび、もっと早くに出勤してここに来ればよかったと思いますが、今日はそれを実践して得した気分です。
午前中、YoYo館のまわりの地面を少しばかり耕しました。
石ころも多いけど、ミミズがすごく多い。
いったいシャベルで何匹ぶったぎってしまったことか。
ミミズがこれだけいるってことは、いい土だっていうことです。
シャベルは家の付近でどうしても見つからないとぼやいていたら、事務のKさんがわざわざ私のために買ってきてくれたものです。
2012年5月20日日曜日
35年ぶりの『異邦人』
今日は読書会。
テキストはアルベール・カミュの『異邦人』で、さまざまなテーマをめぐり、2時間半話が止まりませんでした。
奇しくも、先週の「引揚者」シンポジウムでも取り上げられた、というより「やり玉に挙がった」この小説が今日はまったく別の角度から論じられ、多様な読みをうながす作品なのだなあとあらためて実感しました。
個人的には、実家の本棚で見つけた『異邦人』の文庫本に「77年8月12日」と下手くそな字で日付が書き入れられているのを発見したことがなにより一番の驚きでした。
通読したのはだいぶ前に一回きりだったと記憶していましたが、まさか35年も前だったとは。
35年も前の自分など今の自分とは完全に違う人間なわけで、そうなるともう「私はこれを読んだ」と言えないのではという気がしてきます。
当時の私もカミュがフランス人作家だということぐらい知っていたはずですが、この小説の舞台がアルジェの近くだなどとわかっていたでしょうか。たぶんアルジェリアがフランスの植民地だとも知らなかったと思うし、フランスが舞台なのになんだか太陽がギラギラしていて暑そうだなぐらいの理解だったと思います。
なんとなくさらっと面白くは読んだけれど、「すごい!」と熱狂するほどでもなかった記憶があります。
別人間になった今、あらためて読んでみると、簡潔にうまくよく作りこまれている小説だなあとの感想を持ちます。
特に冒頭の葬儀の場面と、浜辺でアラブ人を殺す直前の場面の書き方はすごい。
アラブ人の顔が描かれていないことがポスコロ的批判にさらされていますが、母親の顔も同じように書かれていません。これは即物的な感覚だけを頼りにするムルソーの人物造形のため、あえてこのような描き方が選択されているのだと思います。
(宗主国の人間が被植民者ひとり殺して死刑判決という筋などは、植民地の現実を隠蔽していると言われても仕方ないかもしれませんが)
有名な書き出しも含め、小説にしかありえない不思議な時間が流れている作品とも感じます。
同時に読んだ、アルジェでの貧しかった幼年時代を回想するいくつかのエッセイがよかった。
尊大なおばあちゃんに苛められながら耐えるスペイン系のお母さんへの息子の思慕をつづった「裏と表」など胸キュンでした。
テキストはアルベール・カミュの『異邦人』で、さまざまなテーマをめぐり、2時間半話が止まりませんでした。
奇しくも、先週の「引揚者」シンポジウムでも取り上げられた、というより「やり玉に挙がった」この小説が今日はまったく別の角度から論じられ、多様な読みをうながす作品なのだなあとあらためて実感しました。
個人的には、実家の本棚で見つけた『異邦人』の文庫本に「77年8月12日」と下手くそな字で日付が書き入れられているのを発見したことがなにより一番の驚きでした。
通読したのはだいぶ前に一回きりだったと記憶していましたが、まさか35年も前だったとは。
35年も前の自分など今の自分とは完全に違う人間なわけで、そうなるともう「私はこれを読んだ」と言えないのではという気がしてきます。
当時の私もカミュがフランス人作家だということぐらい知っていたはずですが、この小説の舞台がアルジェの近くだなどとわかっていたでしょうか。たぶんアルジェリアがフランスの植民地だとも知らなかったと思うし、フランスが舞台なのになんだか太陽がギラギラしていて暑そうだなぐらいの理解だったと思います。
なんとなくさらっと面白くは読んだけれど、「すごい!」と熱狂するほどでもなかった記憶があります。
別人間になった今、あらためて読んでみると、簡潔にうまくよく作りこまれている小説だなあとの感想を持ちます。
特に冒頭の葬儀の場面と、浜辺でアラブ人を殺す直前の場面の書き方はすごい。
アラブ人の顔が描かれていないことがポスコロ的批判にさらされていますが、母親の顔も同じように書かれていません。これは即物的な感覚だけを頼りにするムルソーの人物造形のため、あえてこのような描き方が選択されているのだと思います。
(宗主国の人間が被植民者ひとり殺して死刑判決という筋などは、植民地の現実を隠蔽していると言われても仕方ないかもしれませんが)
有名な書き出しも含め、小説にしかありえない不思議な時間が流れている作品とも感じます。
同時に読んだ、アルジェでの貧しかった幼年時代を回想するいくつかのエッセイがよかった。
尊大なおばあちゃんに苛められながら耐えるスペイン系のお母さんへの息子の思慕をつづった「裏と表」など胸キュンでした。
2012年5月15日火曜日
住所の謎
京都の新住所が長すぎて、大学や銀行などの書類に書き込むたび手が疲れ、そろそろ腱鞘炎になりそうな昨今。
ぼやいていたら、グラフィック・デザイナーをしている東京の家の隣人が、ゴム印にするための住所のデザインを5種類も作ってくれました。
さすがプロで、どれもこれもかわいい!
早くお洒落な住所ハンコをボンボン押して、手紙を出したりしたいものです。
それにしてもわからないのが京都の住居表示。
パソコンで7ケタの郵便番号を入力すると、今どきは町名に変換されますが、普通は一種類しか出てきませんよね。
それが新しいうちの郵便番号の場合、5種類も出てくるんです。
その5種類とは「A通B町下る」「A通C上る」「B通A西入」「B通A東入」「C通A東入」。
うちがこのどれに当たるかというと、不動産屋の書類にあったのは2番目で、だから自分ではこれを住所として書いています。
ですが最近、もしかしたら3番目をのぞく全部正解で、どれを使ってもいいのではないかという気がしてきました。
少なくとも1番目が書かれた郵便物が来ますし、すぐ隣の一軒家のお宅にも1番目が書かれています。
3番目だけは通りの向かい側な気がしますが、4番目と5番目も自分の家にあてはまるような。
でもこれも間違っているかもしれません。
誰か教えてほしい。
南北を表す「上る」「下る」という言い方にも、まだ慣れていません。
「上る」をうっかり「のぼる」と言ってしまい、京都生まれの親に呆れられました。
ぼやいていたら、グラフィック・デザイナーをしている東京の家の隣人が、ゴム印にするための住所のデザインを5種類も作ってくれました。
さすがプロで、どれもこれもかわいい!
早くお洒落な住所ハンコをボンボン押して、手紙を出したりしたいものです。
それにしてもわからないのが京都の住居表示。
パソコンで7ケタの郵便番号を入力すると、今どきは町名に変換されますが、普通は一種類しか出てきませんよね。
それが新しいうちの郵便番号の場合、5種類も出てくるんです。
その5種類とは「A通B町下る」「A通C上る」「B通A西入」「B通A東入」「C通A東入」。
うちがこのどれに当たるかというと、不動産屋の書類にあったのは2番目で、だから自分ではこれを住所として書いています。
ですが最近、もしかしたら3番目をのぞく全部正解で、どれを使ってもいいのではないかという気がしてきました。
少なくとも1番目が書かれた郵便物が来ますし、すぐ隣の一軒家のお宅にも1番目が書かれています。
3番目だけは通りの向かい側な気がしますが、4番目と5番目も自分の家にあてはまるような。
でもこれも間違っているかもしれません。
誰か教えてほしい。
南北を表す「上る」「下る」という言い方にも、まだ慣れていません。
「上る」をうっかり「のぼる」と言ってしまい、京都生まれの親に呆れられました。
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